【日本史勉強法】鎌倉・室町時代のまとめと試験対策のコツ

鎌倉時代から室町時代を通じては、非常に大きな社会の変化がありました。

ここではその中から、試験にもよく出題される分野の知識をまとめておきましょう。

各時代の流れと一緒に覚えると混乱しやすいため、2つの時代の政治の仕組みや社会の成り立ちを、それぞれ比較しながら整理してみます。

鎌倉・室町時代の政治機構

室町幕府は鎌倉幕府の政治機構を引き継いだため、この時代の政治はよく似ています。

その反面異なった仕組みもあり、そこがテストでは狙われます。

まず共通する政治機構としては、将軍のもとで中央には侍所(さむらいどころ)・政所(まんどころ)・問注所(もんちゅうじょ)などの役所が置かれ、各地方には守護しゅご地頭(じとう)が配されていました。

また地域と名称が違いますが、それぞれの幕府ともに主要な地域には幕府の地方支所を設置していました。

鎌倉幕府では六波羅探題(ろくはらたんだい京都守護)・鎮西奉行(ちんぜいぶぎょう)・奥州総奉行(おうしゅうそうぶぎょう)など。

室町幕府では鎌倉府(かまくらふ)・九州探題(きゅうしゅうたんだい)・奥州探題(おうしゅうたんだい)などです。

また絶対に忘れてはいけないのが、それぞれ将軍を補佐して実質的な政治を行っていた、執権(しっけん・鎌倉幕府)(かんれい・室町幕府)です。

執権は北条氏が独占していましたが、管領はいくつかの有力な武家の中から選ばれる仕組みでした。

鎌倉幕府は執権を中心に、有力者との合議制で比較的まとまっていたようですが、室町幕府は権力が分散傾向にあり、組織としてのまとまりも弱かったようです。

鎌倉・室町時代の社会

鎌倉時代には農業技術が発達し、二毛作(にもうさく)が始まり米の品種改良により収穫量も増加しました。

また手工業も盛んになり、生糸・絹布・紙などが生産されました。

こうした産物は定期市などで流通し、貨幣の使用も少しずつ広がったようです。

室町時代になると地方分権が進み、各地では(そう)と呼ばれる自治村落が生まれ、武装して権力者に抵抗することもありました。

これが土一揆(つちいっき)で、1428年には現在の近畿地方一帯を巻き込む正長の土一揆(しょうちょうのどいっき/つちいっき)も起こりました。

鎌倉時代の仏教

鎌倉時代の知識を問われる問題では、当時広がった新興仏教がよく出題されます。

ここで出てくる6つの宗派は、必ず丸暗記しておきましょう。

・浄土宗(じょうどしゅう)開祖法然(ほうねん)

・浄土真宗(じょうどしんしゅう)開祖:親鸞(しんらん)※一向宗(いっこうしゅう)とも呼ばれる

・時宗(じしゅう)開祖一遍いっぺん

・臨済宗(りんざいしゅう)開祖栄西(えいさい/ようさい)

・曹洞宗(そうとうしゅう)開祖道元(どうげん)

・日蓮宗(にちれんしゅう)開祖日蓮(にちれん)※法華宗(ほっけしゅう)とも呼ばれる

それまでの天台宗(てんだいしゅう)や真言宗(しんごんしゅう)は、貴族階級が信仰する対象でしたが、鎌倉時代の仏教は民衆にも広がり発展しました。

いずれも現代まで続いている宗派なので、開祖の名前とセットで覚えましょう。

鎌倉・室町時代の文化

鎌倉時代のイメージは、活発な武士らしく力強い印象です。

文化の面でも貴族の様式から大きく変化して、武士のみならず一般民衆の間にも広まりました。

仏教の興隆とともに寺社の建立なども行われ、東大寺南大門の金剛力士像(運慶・快慶の作)はこの時代を代表する彫刻の傑作です。

文学では新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)」のほか、徒然草(つれづれぐさ)」(吉田兼好・よしだけんこう)、「方丈記(ほうじょうき)」(鴨長明・かものちょうめい)などの随筆(ずいひつ)と、「平家物語(へいけものがたり)」のような軍記物が生まれています。

室町文化は貴族文化と武家文化との融合が特徴で、前期は足利義満にちなんで北山文化(きたやまぶんか)、後期は義政にちなんで東山文化(ひがしやまぶんか)と呼ばれます。

武家社会でも連歌(れんが)が流行し、観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)による能楽(のうがく)が大成したのもこの時期です。

そのほかに茶道水墨画も覚えておきましょう。

文学では軍記物や歴史書のほか、御伽草子(おとぎぞうし)も盛んに作られました。

応仁の乱

鎌倉~室町と連続した武家政権は、応仁の乱(1467年~)によりほとんど崩壊します。

この時代になると、全国に派遣された守護の中で力のある者は守護大名(しゅごだいみょう)となり、地方の有力武士は国人(こくじん)と呼ばれ独自の勢力を築いていました。

8代将軍の足利義政は、関東の古河公方だった足利成氏(しげうじ)が起こした享徳の乱(きょうとくのらん)を鎮圧できず、政治に対する執着を失っていました。

さらに義政の後継者問題も持ち上がり、政権は事実上2つに分裂します。

その状況下で京都近郊の守護大名で、当時最も勢力の強かった細川勝元(ほそかわ かつもと)と、山名宗全(やまな そうぜん)との対立が激化

それぞれが独自に義政の後継者を擁立して、その後10年間にも及ぶ大乱が始まりました。

さらに地方各地でも守護大名たちの衝突が起こり、応仁の乱は全国規模の大戦に発展します。

室町幕府にこれを鎮圧する力はなく、やがて自立した有力大名たちが争う戦国時代を迎えます。

まとめ

鎌倉時代と室町時代はよく比較されるため、参考書や資料集にまとめられた政治機構の違いや、その時代の文化の特徴などを普段から見ておくようにしましょう。

地理の学習で地図を眺めるように、歴史の学習では資料集を眺める習慣をつけてください。

写真や図表など、覚えようとしなくても自然に頭の中に残るものです。

この時代は一般社会でも徐々に産業や物流が盛んになり、自治組織も作られるようになりました。

それらが守護や国人のもとに集まり、武力と経済力を備えた独立組織に育っていったのです。

そこにはもう、1つの政権により運営される国家は存在せず、残ったのは卑弥呼の時代のようにバラバラになった日本の姿でした。

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